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南极?昭和基地から帰ってきた萩原式电磁地震计 东大の宝(第4回)

掲载日:2026年3月3日

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1923年の関东大震災を契機に設立された地震研究所には、地震研究の歴史を一望できる地震计博物馆があります。
そのなかから所长が选んだお宝は、日本の南极観测の黎明期において活跃した萩原式电磁地震计です。
长らく眠りについていましたが、研究所100周年の节目に整备され、稼働を再开しました。

南极?昭和基地から帰ってきた萩原式电磁地震计

古村孝志
FURUMURA Takashi

地震研究所所长

古村孝志

「地震に关する诸现象の科学的研究と直接又は间接に地震に起因する灾害の豫防并に轻减方策の探究」を使命とする地震研究所が、创立100周年を迎える2025年。所の歴史を物语る1台の地震计が整备され、再び动き出しました。その名は萩原式电磁地震计(贬贰厂)。国际地球観测年の一环として世界中で国际共同観测が行われる中、1959年に南极?昭和基地に设置された贬贰厂は、従来の机械式地震计とは违う最新鋭の机构を备えていました。

「コイルに磁石を出し入れすると電流が発生します。この電磁誘導の原理を用い、揺れを電流として取り出すのが電磁式地震計。機械式に比べるとその感度は桁違いでした」と語るのは、現所長の古村孝志先生です。この地震計に名を残すのは、萩原尊禮博士。东京帝大理学部地震学科で学んだ後、地震研究所に入所、1965-1967年には所長を務め、地震予知計画を主導した地震学者です。

「ロシアで开発された黎明期の电磁式地震计は巨大なものでした。これを実用レベルに小型化したのが萩原先生。昔の地震学者は自分で観测机器を开発するのが常でした」

自らも大学院时代に地震计のデジタル记録机を开発したことがある古村先生によれば、振り子の揺れを梃子の原理で拡大して纸などに记録する机械式地震计は大型で、広い设置スペースが必要でした。揺れのセンサーと记録装置を分离させた萩原式では、设置场所を柔软に选べるようになったのです。

贬贰厂の水平动センサー部。左侧の倒立振り子の揺れを右侧のコイルと磁石で电気信号に変换して记録装置に送ります。台座には国际地球観测年のプレートも。
贬贰厂の记録装置。送られた电気信号を検流计の针の动きに変え、その针に取り付けられた镜で光を反射?拡大して、手前の箱にセットした35尘尘カメラのモノクロフィルムに记録します。

「南极大陆の地震活动はそれまでよくわかっていませんでした。贬贰厂の観测により、大陆周辺のプレート境界だけでなく大陆内部でも地震があること、そして「氷震」の存在も确认されました。厚さ4办尘に及ぶ氷床内部に亀裂ができる际に発生する揺れです」

贬贰厂は量产され、日本各地の地震観测にも用いられました。いまでは、高感度センサーの信号をデジタル记録する方式の地震计に第一线を譲りましたが、一方で新しい活跃の机会が访れています。

「ドイツのアーティスト、Marianna ChristofidesさんとBernd Bräunlichさんから「地震×アート」のコラボ作品制作の提案があり、所の宮川幸治技術専門職員が、国立極地研究所やOBらと連携してHESを整備し、数十年ぶりに再稼働させました。記録した地震波形画像をコラージュした映像作品を、10月に所のラウンジで展示する予定です」

歴史的な地震计を多数拥する地震计博物馆の拡充、9月に対面で开催する一般公开、10月の记念同窓会?谈话会、11月に安田讲堂で行う记念式典、2026年に丸の内「」で予定される记念展示のほか、沿革年表や记念マスコット「震研亀」のお披露目など、行事が目白押しの地震研究所。その入口には、寺田寅彦博士が创立10年(1935年)を记念して起草したがいまも掲げられています。

100周年记念マスコット「震研亀」のぬいぐるみ。

地震计博物馆

地震计博物馆

地震计博物馆では、HESをはじめ、大森式長周期地震計、石本式加速度地震計など、地震観测研究の歴史を紡いできた地震計の数々を展示しています。機械式地震計の時代に煤付け記録紙を準備した作業部屋もあり。一般公開期間以外は「」をご覧ください。

※本记事は広报誌『淡青』51号(2025年9月30日刊)に掲载されたものです。

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