
书籍名
刑事责任能力の判断について 原理?基準?适用
判型など
460ページ、础5判、上製カバー付
言语
日本语
発行年月日
2025年3月
ISBN コード
978-4-641-13969-5
出版社
有斐阁
出版社鲍搁尝
学内図书馆贷出状况(翱笔础颁)
英语版ページ指定
精神障害に罹患した者が、杀人等の违法行為に及んだ场合、如何なるときに犯罪の成立は否定されるか。この刑事责任能力の问题には、常に社会的に重大な関心が向けられている。京アニ放火杀人事件等のように死刑が问题となり得る重大事案では、心神耗弱となれば死刑の可能性が排除され、心神丧失となれば无罪となるところ、特に重大事案で责任能力は争われ、その帰结も社会的议论の対象となっている。
刑事責任能力の判断を巡っては、裁判員裁判制度導入以降、刑法学説及び刑事実務でも、議論が活況を呈している。議論の渦中にあるのは、平成中期の刑法学で有力に主張された理解 (有力説) と、近時の司法研究が示す刑事実務の判断の指針である。有力説は、責任非難は行為者が思いとどまることができた場合にのみなし得るから (原理)、当該行為の違法性を認識できず、或いは思いとどまることができない場合には免責される (基準) という。これに対して、司法研究は、統合失調症等の事例について「精神障害の影響のためにその罪を犯したのか、正常な精神作用によって犯したのか」という枠組みを指針として提示し (基準?適用)、これが刑事実務で定着していると評されている。
この有力説と刑事実务の理解について、一部には、両者があたかも同一の判断対象を示すものであるかのような议论があるが、本书で论じるように前者の原理?基準と后者の基準?适用とは论理的に接合せず、さらに両者が相违することは近时の学説実务でも意识され始めている。他方、有力説及び司法研究の提言自体も、それぞれ问题を抱えている。
そこで、本書は、刑法学の枠内ではあるが、原理?基準?适用の一貫性を基軸とし、なぜ現在のような議論状況に至ったか、判例学説史を検討したうえで、独米の議論を参照し、解決の方向性を探った。
本书の执笔で留意したことは「はしがき」に记した。特に、刑法学において、理论と実务の架桥の重要性が长らく説かれている一方、その意义に懐疑的な见方も示されつつある中で、本书が裁判例を含む刑事実务の动向の分析に多くの纸幅を割いていることについても、笔者なりの考えを记している。
本書の副題は「原理?基準?适用」である。原理?基準?适用が論理的に一貫しなければならないことは、改めて言うまでもない。しかし、これを明示し、基軸とすることによって、刑法学の中でも難解であるといわれる責任能力の議論に透明性を与え、責任能力を専門としない研究者?実務家にも開かれた議論を展開し得るのではないかと考えた。
刑事責任能力は刑法学に閉じた議論として完結するものではない。特に原理においては哲学と、適用においては精神医学と密接に関連している。例えばバイオロジカルな観点から精神障害の理解が進むことが責任能力判断に影響するか、という問いは、Jaspersをはじめとする伝統的ドイツ精神医学や操作的診断基準の評価とも関連するであろうし、自由意思を巡る議論や、心の哲学 (特に解釈主義を巡る議論) とも関連するであろう。精神障害の捉え方については、精神医学のみならず精神障害の哲学が、責任非難の構造については、非難の倫理学が関連するだろう。本書は刑法学の枠内で議論を提起するものであるが、これら他分野との関係も意識して執筆を行っている。本書が、責任能力の専門家以外にも関心を持たれることがあれば、望外の喜びである。
(紹介文執筆者: 佐野 文彦 / 2026年3月23日)
本の目次
第1章 日本法における议论の変迁
第2章 ドイツにおける议论状况
第3章 アメリカにおける议论状况
第4章 刑事責任能力判断の原理?基準?适用
第5章 近时の実务的判断に対する検讨──统合失调症?妄想性障害の事案に関する裁判例について
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书评:
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