蔵出し!文书馆 第60回
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蔵出し!文书馆 収蔵する贵重な学内资料から 140年を超える东大の歴史の一部をご绍介 |
第60回 「职员进退」の世界
当馆では「职员进退」(厂0018)という资料群を所蔵しています。既に本コラム第25回(『学内広报』第1533号)でも、この资料群に登场する东大の女性职员について绍介しましたが、明治初年から现代に至るまでの、东大やその前身校の人事记録が缀られています。
1933年の记録(厂0018/厂厂01/0126)を见てみましょう。农学部附属演习林の嘱託となった荻原贞夫さんは、演习林の「面积地形等ノ测量ニ関スル业务」に従事し、また大沼褜治さんは、「构内ノ盗难防火其他取缔等」のため巡视に採用されています。大学の歴史といえば教员や学生に目が向きがちですが、东大がいかに多様な人びとによって支えられてきたのかがわかります。そうした言わば「无名」の人びとの足跡もたどることができる点が、「职员进退」の大きな魅力だと感じます。
他方で「职员进退」には、教科书に载るような事件についての资料も含まれます。

「职员进退録 昭和12年 (甲)上巻」(厂0018/厂厂01/0147)
これは、教授?矢内原忠雄(経済学部)直笔の辞表です(厂0018/厂厂01/0147)。矢内原は日中戦争下の1937年、政府や戦争への批判的言论が问题视されて东大を辞职させられました。兴味深いのは、「职员进退」には、その际に矢内原に対して、文部大臣の承认のもと「职务勉励」として赏与が支払われた记録が残されている点です。赏与额2200円の算出根拠となる计算メモが缀じられ、そのうち上限支给额1600円を超过する600円については、「年末赏与」として别途支给する手続きをとった旨が记されています。当时、退职する教官等に赏与を支给するのは通例のことで、これもその惯行を踏袭したに过ぎないのでしょう。ただやはり、矢内原の追放という思想的事件と、赏与额を计算し、规则に基づいてそれを支给するという事务的な営みとの间には、大きな落差を感じます。しかしその奇妙な结合こそが、职业としての研究者という存在を成立させているのかもしれません。「职员进退」は、そうした世界の一端を示しているのです。
(助教:立花 孝裕)

